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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)77号 判決 1985年7月25日

原告

永幸食品株式会社

(旧商号 永幸冷食工業株式会社)

株式会社 タカラブネ

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和54年審判第9502号事件について昭和58年2月8日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文同旨の判決

2  被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続き経緯

原告永幸食品株式会社(当時の商号永幸冷食工業株式会社、昭和54年6月29日現商号に変更)及び後記合併前の株式会社タカラブネは、昭和50年3月4日、名称を「凍結米飯類の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和50年特許願第27356号)したが、昭和54年5月23日拒絶査定がなされた。訴外株式会社タカラブネは、同年7月2日難波興産株式会社に吸収合併され、同株式会社は同日商号を株式会社タカラブネに変更した。そこで、原告永幸食品株式会社及び合併前の株式会社タカラブネは、同年8月14日審判を請求し、昭和54年審判第9502号事件として審理され、その間昭和57年2月23日出願公告(特許出願公告昭57―9784号)されたが、特許異議の申立があつたところ、昭和58年2月8日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月20日原告永幸食品株式会社及び合併前の株式会社タカラブネに送達された。

2  本願発明の要旨

米飯類を製造後、60℃以上の加熱状態から0℃ないし5℃に25分以下で急冷し、この温度で上記米飯類をよくほぐし、その後更に零下15℃以下に急冷凍結することを特徴とする凍結米飯類の製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  ところで、特開昭50―105847号公開特許公報(この公報によつて本願発明の出願の日前の出願に係る昭和49年特許願第13138号の願書に最初に添附した明細書又は図面に記載された発明が本願発明の出願後に出願公開されたものである。以下「引用例」という。)には、米飯類を製造後、0℃ないし10℃に予冷却し、次いで圧力ある低温ガスを噴霧してその噴出圧により冷却槽内に飛散せしめるようにすると共に、別途、その槽内に噴霧してなる冷媒ガスにより冷却し、凍結することからなるバラ状凍結米飯の製造法(別紙図面参照)が記載されていると認められる。

(3)  そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比検討すると、両発明は、共に米飯類を製造後、0℃ないし5℃にに予冷却し、米飯類をよくほぐし、その後更に凍結する凍結米飯類の製造方法であつて、① 予冷却が、本願発明は60℃以上の加熱状態から始まり、25分以内で完了するのに対し、引用例記載の発明はそのような限定がない点、② ほぐす工程が、本願発明は予冷却時と同じ温度であるのに対し、引用例記載の発明はその温度が不明な点、③ 凍結を、本願発明は零下15℃以下に急冷することにより実施するのに対し、引用例記載の発明は、凍結器内を落下する過程において液体窒素によつて凍結するようにしている点において相違がある。

しかしながら、前記①については、引用例記載の発明の予冷却工程は「従来方法によつて炊飯され、所望によつては加工された米飯がコンベヤーベルト1により予冷装置2に移送される。予冷装置2は断熱トンネル内に後記する凍結用冷媒液化ガス例えば液体窒素の蒸発ガスによつて冷却するようになつており、該装置2内に移送された米飯を40℃以下の温度に冷却する。」というもので、それは炊飯直後の又は加工直後の60℃以上程度の加熱状態にあることの明らかなものを、冷媒として液体窒素の蒸発ガスを使つてトンネル内で積極的に冷却するものであり、引用例記載の発明の予冷却工程においても、米飯類を加熱状態から可及的にすみやかに0℃ないし5℃の低温に冷却するものであると解されるので、本願発明と実質的には差異はない。

この点について、請求人(原告)は、引用例記載の発明は米飯類がコンベヤーベルト1に載置されるまでに時間がかかつたり、60℃より低い温度になつていると、本願発明における急冷はなしえないものであると主張しているが、本願発明の明細書にも先行技術として挙げられている米飯類を薄い層状に広げて凍結し、被凍結物を破砕するバラ米凍結法(特許出願公告昭49―48742号特許公報参照)においても採用されているごとく、米飯類を、その老化の好適の温度範囲10℃ないし35℃を短時間のうちに通過するよう処理することは本願発明の出願前周知のことであるので、米飯類を老化をさけて凍結する引用例記載の発明において、製造後の米飯類をいたずらに放置して温度を下げてしまうということはありえないと解されるばかりか、前述のとおり炊飯され、所望により加工された米飯が用いられると記載されており60℃より高い温度から始まることを積極的に排除していないことを併せ考えると、引用例記載の発明のコンベヤーベルト1に載置される米飯類は60℃以上の温度であるものを包含していることは明らかであるので、請求人(原告)の前記主張は受け入れることができない。

次に前記②についても、引用例記載の発明は予冷却した米飯類を直ちに凍結器内に飛散させながら導入してほぐしているので、ほぐし工程での米飯類は予冷却時とほとんど同じ温度であると解され、この点についても実質的な差異はない。

この点について、請求人(原告)は、引用例記載の発明はガスの噴出圧で米飯類をほぐすためすべての米飯類を特定温度でほぐせるものではないと主張しているが、本願発明は米飯類をよくほぐす手段がガスの噴出圧以外の特定の手段に限定されているわけではないばかりか、ガスの噴出圧でほぐす場合米飯類を特定温度でほぐすことができないことは裏付けされているわけではないので、請求人(原告)の前記主張は受け入れることができない。

最後に、前記③については、本願発明における凍結工程は常法により行われているものであり、一方、引用例記載の発明においても、凍結工程は凍結器内を落下させる過程で液体窒素により凍結されているのであるから、零下15℃以下に急速に凍結されていると解され、両発明の凍結工程は実質的に同一であるので、この点にも実質的な差異はない。

したがつて、本願発明は、その出願の日前の特許出願であつて、その出願後に出願公開された引用例記載の発明の特許出願の願書に最初に添附した明細書又は図面に記載された発明と同一であると認められ、しかも本願の発明者がその出願前の出願に係る引用例記載の発明をした者と同一であるとも、また本願発明の出願の時において、その出願人がその出願前の出願に係る引用例記載の発明の出願人と同一であるとも認められないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明と引用例記載の発明とを対比判断するに当たり、両発明は、米飯類をほぐす工程において、(1) 米飯類をバラ状にする手段の点においても、(2) 米飯類をバラ状にする温度の点においても、いずれも相違するものであるのに、両発明の間に実質的な差異はないと誤つて判断した結果、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとしたものであつて、違法であるから、取消されるべきである。

(1)(1) 本願発明は、特許請求の範囲に記載されたとおり、予冷却の終りの温度である0℃ないし5℃で米飯類を「よくほぐし」バラ状にすることを必須の構成要件とするものであるのに対し、引用例記載の発明は、圧力ある低温ガスの噴出圧によつて米飯類を冷却槽(凍結器)内に飛散させてバラ状にするものである。

「ほぐす」という用語は、日本国語大辞典第18巻(甲第7号証)第113頁、第114頁に記載されているとおり、「① 結んだり、縫つたり、または織つたりしてあるものをとき分ける。また、かたまつているもの、こりかたまつている気持ちなどをやわらげる。ほどく、ほごす。② 食物を食べやすいように分けたり、かきまぜたりする。」という意味を有するから、本願発明において米飯類をバラ状にする手段、すなわち「ほぐす」手段には、かきまぜやとき分けなどが含まれるが、引用例記載の発明のように低温ガスの噴出圧を用いて、その衝撃で、米飯類を四方、八方に飛び散らしてバラ状にする方法は含まれない。

すなわち、本願発明においては、明細書の発明の詳細な説明に、ほぐし工程に関し、「本発明では米飯類を製造後、加熱状態から一気に0℃ないし5℃に急冷し米飯類のもつ粘性が低下しかつ凍結していないこの状態で簡単な攪拌等により上記米飯類をよくほぐし」(本願発明の特許公報第2欄第24行ないし第27行)、「該急冷後、撹拌などによつて飯粒等をよくほぐす。この場合温度が低下しすぎると米飯類は大きく氷結化してほぐし難く、また温度が高すぎるとその粘着性のためやはりほぐし難くかえつて糊化さす結果となる。」(同第3欄第7行ないし第11行)、「一般に澱粉は、2℃ないし3℃でもつとも老化しやすく、また水分30%ないし60%程度が老化しやすいとされているが、本発明ではこの老化しやすいとされる水分60%前後を含む製造直後の米飯類を、そのままの状態で有効に凍結保存しようとするものであり、上述の如く特定の条件下、あえて澱粉のもつとも老化しやすいとされる温度でほぐし工程をとることでこの目的を達成したものである。」(同第3欄第18行ないし第25行)と記載されていることから明らかなように、本願発明のほぐし工程で使用される手段は、撹拌など米飯類をときほぐす手段に限られるものである。これに対し、引用例記載の発明は、その特許出願の願書に最初に添付した明細書(以下、単に「明細書」という。)の発明の詳細な説明に、「冷気噴霧器3はその先端部に噴出孔を有し、後記する液体窒素の一部を気化して圧力を高めた低温窒素ガスを(中略)米飯塊に噴霧しその噴出圧によつてこれを破壊し、バラバラな米飯粒にして冷却槽4内に飛散させるものである。」(公開特許公報の明細書の項第4欄第14行ないし第5欄第4行)と記載されているように、圧力ある低温ガスの噴出圧によつて、米飯類を破壊してバラ状にするものである。本願発明は、このような破壊的なバラ状化手段を含まない。

また、引用例記載の発明におけるバラ状化手段は、圧力ある低温ガスの噴出圧によつて、米飯塊を破壊飛散させるものであるため、40℃の高い温度でも米飯類を糊化することなくバラ状化手段を適用できるが、本願発明におけるバラ状化手段は、撹拌などによりほぐす手段をとるため、前述のとおり、高温では米飯類を糊化し易く、効果的には適用できないものである。

したがつて、本願発明と引用例記載の発明とは、米飯類をバラ状にする手段が顕著に相違しているというべきである。

(2) 以上の原告の主張に対し、被告は、本願発明の特許請求の範囲中の「米飯類をよくほぐし」の構成自体は明確であつて、これに更に限定を加えて、撹拌などの手段を用いるものと解釈すべき根拠はない旨主張する。

しかしながら、権利範囲の確定にあたつては、明細書の特許請求の範囲の記載の文字のみに拘泥することなく、発明の性質、目的又は明細書全般の記載をも勘案して実質的に要旨を認定すべきであるところ、本願発明の特許請求の範囲には、「米飯類を製造後、60℃以上の加熱状態から0℃ないし5℃に25分以下で急冷し、この温度で上記米飯類をよくほぐし」と記載されているように、本願発明の「米飯類をよくほぐす」という構成は、その前段に記載された米飯類の急冷条件と密接な関係を有するものであり、25分以下で60℃の加熱状態から0℃ないし5℃という常温以下のごく低温に急冷した米飯類を、この急冷終了温度である0℃ないし5℃で、実質的に温度変化を伴うことなく、ほぐす方法にほかならない。したがつて、本願発明では、実質的に温度変化を伴わずに米飯類をバラ状にできる撹拌などの手段は使用できるが、温度変化を伴わずには米飯類をバラ状になしえない引用例記載の発明におけるバラ状化手段、すなわち米飯類に低温ガスを吹きつけて冷却槽(凍結器)内に飛散させるという手段は使用することができない。

また、被告は、凍結前に米飯類をよくほぐす工程があることは公知であるので、引用例記載の発明における予冷却工程と凍結工程の間の工程、すなわち低温ガスを噴出させ、米飯類を飛散させる工程は、凍結する前のバラ状にする工程、すなわち凍結する前のよくほぐす工程を示すものである旨主張する。

凍結前によくほぐす工程が特開昭48―103748号公開特許公報(以下「公知例」という。)に記載されていることは認めるが、公知例には、米飯を凍結前にできるだけバラバラにするのが望ましいとの希望的条件が記載されているだけであり、バラ状化手段も温度も何ら具体的に記載されていない。

本願発明では、この米飯類のバラ状化工程を、米飯類を製造後60℃以上の加熱状態から0℃ないし5℃に25分以下で急冷するという時間及び温度条件の限定される特定の急冷工程に引続き、この0℃ないし5℃という温度で、実質的に温度変化を伴わずに実施できるほぐし手段によつて実施しているものであり、このバラ状化工程が更にそれに引続いて実施される零下15℃以下に急冷凍結するという特定の凍結工程と一体となつてはじめて本願発明の効果が達成できるのである。これに対して、引用例記載の発明におけるバラ状化工程は時間に関係なく、ただ単に40℃以下に予冷却された米飯類を、圧力ある低温ガスの噴出圧により冷却槽内に飛散させて実施しているものであり、このように低温ガスの噴出圧により飛散させるという手段では、米飯類を一定温度でバラ状にできないことは、前述のとおりである。

したがつて、公知例に凍結前によくほぐす工程が記載されていても、この公知例によつて、本願発明のような特殊な条件下で実施される米飯類のバラ状化工程までが公知であるといえるものではなく、また上述のとおり本願発明と引用例記載の発明とでは、凍結米飯類の製造において米飯類のバラ状化工程の時間的及び温度的条件、及び使用するバラ状化手段に明らかな相違があるから、被告の前記主張は失当である。

(2)(1) 米飯類をバラ状にする温度は、本願発明においては、予冷却終了の温度であつて、このことは特許請求の範囲中に「60℃以上の加熱状態から0℃ないし5℃に25分以下で急冷し、この温度で上記米飯類をよくほぐし」と記載されていることから明らかであるのに対し、引用例記載の発明においては、圧力ある低温ガス、例えば液体窒素の一部を気化して圧力を高めた低温窒素ガスを、予冷却した米飯類に吹きつけて冷却槽(凍結器)内に飛散させて米飯類をバラ状にするものがあるため、米飯類をバラ状にする温度は、予冷終了時の温度から更に次に述べるような2段階の冷却作用を受けた温度である。

すなわち、引用例記載の発明においては、米飯類は、まず、低温ガス、例えば液体窒素の一部を気化して圧力を高めた低温窒素ガスの直接的な吹きつけによつて冷却される。このような冷却気体による冷却温度が物体に当たる気体の速度である圧力によつて変化することは、うちわ及び扇風機による冷却効果によつてよく知られていることである。そして、通常冷却槽(凍結器)などに冷媒として送られる窒素ガスの噴出圧は6ないし7kg/cm2・Gであることを考慮すれば、引用例記載の発明において米飯類を飛散させるために使用する前記低温窒素ガスの圧力は、右の噴出圧よりも当然高い噴出圧を有するものと考えられる。このような高圧の低温ガスを、予冷却された米飯類に、それを飛散させるに十分な距離から吹きつけた場合、米飯類は瞬時にして冷却される。このことは、噴射流を利用した物体の冷却、加熱又は乾燥方法に関する特許出願公告昭58―34735号特許公報に、当該発明の実施例として、フイルムに噴出圧4kg/cm2・Gの冷却空気の一定流量を直接吹きつけてフイルムを冷却した場合と、同じ流量の冷却空気を通常の冷却ダクトを用いてフイルムを冷却した場合の冷却効果を比較したデータ(第1表)が示されており、このデータから、通常のダクト冷却法では物体の温度を5℃しか下げることのできない流量の冷却ガスであつても、これを噴射圧4kg/cm2・Gで直接物体に吹きつけると、物体の温度を30℃も下げることが記載されていることから明らかである。

次に、このようにして、低温ガスの吹きつけによつて冷却された米飯類は、飛散されて冷却槽内で完全なバラ状となるものであり、ここでも更に冷却される。すなわち、引用例記載の発明においては、低温ガスの吹きつけによつて米飯類が完全なバラ状になるものではなく、その大部分は数ないし数10粒の小塊状をなして冷却槽4内に飛散する。それらは、冷却槽4内で互いにぶつかり合い、又は遮蔽板56や冷却槽4内の内壁に衝突してバラ状となつていく。そして、完全にバラ状となるまでに、低温窒素ガスの吹きつけ、及び零下数℃以下に冷却された遮蔽板56や冷却槽4内の内壁との接触によつて更に冷却されるのである。

以上のとおり、本願発明と引用例記載の発明とは米飯類をバラ状にする温度が顕著に相違している。

そして、本願発明におけるほぐし工程は、デンプンが老化し易いとされる多量の水分を含む製造直後の米飯類を、そのままの状態で有効に凍結保存しようとするものであり、このため、あえて60℃以上の加熱状態から25分以内に0℃ないし5℃(この温度の範囲内に最もデンプンが老化し易いとされる温度を含む。)に急冷するという急冷工程と結合して実施されるものであるため、米飯類を傷つけることなく速やかなるほぐしを可能とするものであり、また、0℃ないし5℃という未凍結の状態で米飯類をバラ状にするため、容易に個々にほぐすことができ、したがつて、米飯類をすべて均一な状態で零下15℃以下に急速凍結でき、これにより不当な水分蒸発や再氷結などを伴うことなく、常に安定して品質のよい凍結米飯類を製造できるという作用効果を奏するものである。すなわち、本願発明におけるほぐし工程はその前後の急冷工程及び急速凍結工程と結合してはじめて効果あるものであり、その結果、本願発明では特別な装置(引用例記載の如き巨大な冷却槽)を必要とすることなく、非常に作業性よく、品質のよい凍結米飯類を製造できるものである。

(2) 以上の原告の主張に対し、被告は、引用例記載の発明におけるバラ状化工程は、0℃ないし5℃に予冷却され、米飯粒相互が分離し易い状態となつているものをコンベヤーベルト終端部より落下させて供給し、そこで圧力ある冷気を米飯類に噴霧することにより行われるのであるから、コンベヤーベルト終端部より落下する時点で予冷却された米飯類はバラ状にされているといえるのみならず、噴出ガスは飛散させるためのものであつて、凍結は別途冷媒ガスの噴霧によつて行うのであるから、落下し飛散された米飯類は冷媒噴霧ガスと接触するまでは格別の温度変化があるとすることにはならない旨主張する。

しかしながら、引用例記載の発明においては、米飯類は40℃以下に予冷却されて、「米飯粒相互が分離し易い状態となつてコンベヤーベルト1の移送終端部」(前掲明細書の項第4欄第10行、第11行)に運ばれるが、ここでは米飯類は分離し易い状態になつているだけであつて、現実に分離されているものではない。したがつて、引用例記載の発明においては、続く飛散工程、すなわち、特許請求の範囲に記載された「圧力ある低温ガスを噴霧してその噴出圧により冷却槽内に飛散せしめる」という工程が必要となるのであり、米飯類がバラ状にされるのは、この飛散工程においてである。このことは、引用例の明細書の発明の詳細な説明に「低温窒素ガスをコンベヤーベルト1の移送終端部より落下する米飯塊に噴霧しその噴出圧によつてこれを破壊し、バラバラな米飯粒にして冷却槽4内に飛散させる」(前掲明細書の項第4欄第15行ないし第5欄第4行)と記載されていることから明らかである。また、仮にコンベヤーベルト終端部で米飯類がバラ状になつているとすれば、飛散工程は必要なく、別紙図面に示すような遮蔽板をもつた巨大な冷却槽もわざわざ設置する必要がないはずである。そして、公知例を勘案しても、引用例には、飛散工程より以前に米飯類を完全にバラ状にすることを示唆する記載は全く認められない。したがつて、コンベヤーベルト終端部より落下する時点で予冷却された米飯類はバラ状にされているといえるとする被告の主張は誤りである。

更に、引用例記載の発明は、米飯類の飛散時に、米飯類より低温のガスを、米飯類を飛散させるに十分な圧力をもつて噴霧することを必須の構成要件とするものであるが、低温ガスの強力な吹きつけにより、物体の温度に変化を生じるのは自然法則から当然であり、特に気化熱を奪われ易い米飯類にあつては、そのような条件のもとで温度変化が著しいことは明らかである。したがつて、飛散された米飯類は冷媒噴霧ガスと接触するまでは格別の温度変化があるとすることにはならないとする被告の主張も誤りである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由の主張は争う。

審決の判断は正当であつて、審決には原告らの主張する違法はない。

(1)  原告らの米飯類をバラ状にする手段が相違するという主張は、(イ) 本願発明の特許請求の範囲中の「米飯類をよくほぐし」の工程は、撹拌などの米飯類をときほぐす手段により行われる工程であると限定して解釈されるべきであること、及び(ロ) 引用例には、米飯類をバラ状にする手段として破壊的なバラ状化手段が限定的に記載されているから、その記載からは、本願発明におけるように米飯類を凍結する前によくほぐして行うという技術的思想は抽出できないということを前提とするものである。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲中の「米飯類をよくほぐし」なる構成自体は明確であつて、これに更に限定を加えて解釈すべき根拠はなく、また、右特許請求の範囲において、米飯類をほぐすための「撹拌」などの特定のほぐし手段を用いることが必須の構成要件になつていないことからも明らかであるから、原告らの前記(イ)の主張は失当である。

そして、本願発明の米飯類をほぐす工程は、特許請求の範囲の記載から明らかなとおり、0℃ないし5℃に冷却された米飯類を「この温度で」ほぐすことが条件になつている。凍結前にそのようなよくほぐす工程があること自体は、公知例にあるように、本願発明の出願時はもちろんのこと、引用例記載の発明の出願時にも公知のことであり、このような技術水準を踏まえて、引用例記載の発明における予冷却工程と凍結工程の間の工程、すなわち米飯類をバラ状にする目的で低温ガスを噴出させ、米飯類を飛散させる工程に関する明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、それは凍結する前のバラ状にする工程、すなわち凍結する前のよくほぐす工程のことを示すものであるといえるから、原告らの前記(ロ)の主張は失当である。

したがつて、本願発明と引用例記載の発明は、米飯類をバラ状にする手段が相違する旨の原告らの主張は理由がない。

(2)  原告らの米飯類をバラ状にする温度が相違するという主張は、引用例記載の発明におけるバラ状化工程では、高圧の低温ガスをコンベヤーベルト上で予冷却された米飯類に、それを飛散させるに十分な距離から吹きつけるが、それにより、米飯類は瞬時にして冷却されるものの、完全なバラ状になるものではなく、その大部分は数ないし数10粒の小塊状をなして冷凍槽4内に飛散し、それらが完全にバラ状になるまでに更に低温ガス等によつて冷却されるという理解に基づくものである。

しかしながら、引用例記載の発明の特許請求の範囲に記載された「圧力ある低温ガスを噴霧してその噴出圧により冷却槽内に飛散せしめる」というバラ状化工程は、明細書の発明の詳細な説明に、予冷却「の結果米飯粒相互が分離し易い状態となつてコンベヤーベルト1の移送終端部より落下するがこのとき冷却噴霧器3によつて圧力ある冷気を噴霧される。」(前掲明細書の項第4欄第10行ないし第13行)と記載されているように、0℃ないし5℃に予冷却され、分離し易い状態となつている米飯類をコンベヤーベルト終端部より落下させて供給し、そこで圧力ある冷気(凍結用の冷媒でないことは、前掲明細書の項第7欄第10行ないし第14行に「冷媒としては液体窒素によらず他の低温液化ガスでも機械式冷媒による冷気を使用することも可能であり、更には、噴出ガス源としては、冷却槽内の蒸発ガスを圧縮して使用するようにしても、他の圧力ガスを使用してもよく任意である。」と記載されていることから明らかである。)を米飯類に噴霧することにより行われるのであるから、コンベヤーベルト終端部より落下する時点で予冷却された米飯類はバラ状にされているといえるのみならず、噴出ガスは飛散させるためのものであつて、凍結は別途冷媒ガスの噴霧によつて行うのであるから、落下し飛散された米飯類は冷媒噴霧ガスと接触するまでは格別の温度変化があるとすることにはならない。つまり、引用例記載の発明は、予冷却工程があつて、次にバラ状に供給する凍結工程があるバラ状凍結米飯の製造法であつて、そのバラ状に供給する凍結工程は予冷却された米飯をバラ状に供給し、そして凍結するという工程であるということができるのであり、その工程をバラ状に供給するところに着目すると、そこでは冷気と接触するが、凍結用の冷媒と接触するわけではなく、格別の温度変化を伴つていることにはならない。このことは引用例の明細書の発明の詳細な説明に「この場合は主たる米飯の凍結を凍結装置15によつて行ない、冷却槽4はバラ状とされた米飯を凍結するための前処理的な役割を果すことになる。」(前掲明細書の項第7欄第3行ないし第6行)と記載されていることからも明らかである。

したがつて、審決が引用例記載の発明について、「ほぐし工程での米飯類は予冷時とほとんど同じ温度であると解され」ると判断したことに誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、原告株式会社タカラブネは吸収合併により合併前の株式会社タカラブネからその有する特許を受ける権利の移転を受けたものである(商法第416条第1項・第103条)から、合併前の株式会社タカラブネが受けた審決の取消を求める原告適格を有する。

2  請求の原因2、3の事実は、当事者間に争いがない。

3  そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。

成立に争いのない甲第5号証によれば、本願発明は、凍結米飯類の製造方法に関する発明であつて、米飯類を凍結させて貯蔵する方法において近時採用されているバラ米凍結法(米飯類を薄い層状に広げて凍結し、被凍結物を破砕する方法)の欠点(凍結した米飯類を破砕する工程において割れ米、屑米、粉末等が生じ、このうち屑米、粉末は製品の5%以上に及ぶ損失となり、また製品の口当りを悪くし、食味をかなり低下させる割れ米をも完全に除去しようとすれば収益率が著しく低下すること)を解消するため、「米飯類を製造後、60℃以上の加熱状態から0℃ないし5℃に25分以下で急冷し」、米飯類のもつ粘性が低下し、しかも米飯類が未だ凍結していない「この温度で上記米飯類をよくほぐし」米粒及び調理に加えた具などを個々に近い状態に分離し、「その後更に零下15℃以下に急冷凍結すること」を必須の構成要件とする凍結米飯類の製造方法であることが認められる。

ところで、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例記載の発明は、本願発明と同じく凍結米飯類の製造方法に関するものであつて、バラ米凍結法の欠点(凍結した板状米飯類を低温粉砕する工程において米粒が細断されたり、充分な凍結が行われない場合には塊状のものができ、外観、食味を低下させること)を解消するため、米飯類を製造後0℃ないし10℃に予冷却した後、圧力ある低温ガスを噴霧してその噴出圧により右米飯類を冷却槽内に飛散させるようにすると共に、別途、冷却槽内に噴霧する冷媒ガスにより冷却し、凍結することを特徴とする米飯類の製造方法である(なお、引用例には、特許請求の範囲として、「米飯を40℃以下の温度に予冷し」と記載されているが、発明の詳細な説明には、「本発明は(中略)凍結前に米飯を0℃ないし10℃に予冷した後(中略)凍結するようにしたものである。」(公開特許公報の明細書の項第3欄第11行ないし第4欄第2行)と記載されているから、引用例記載の発明における予冷却した米飯類の温度は、特許請求の範囲記載の40℃以下に包含される0℃ないし10℃であるとして、本願発明との対比判断を進めることとする。)ことが認められる。

右認定事実によれば、製造後予冷却した米飯類(その温度が0℃ないし5℃のものを含む点において両発明は一致する。)をほぐす工程における米飯類の温度については、本願発明においては、「この温度で上記米飯類をよくほぐす」ことを必須の構成要件としているから、予冷却時と同じ温度であることが明らかであるが、引用例記載の発明においては、前掲甲第4号証を検討しても、その明細書及び図面には右温度を特定の温度とすることについての明示的な記載はない。

しかしながら、前掲甲第4号証によれば、引用例記載の発明において、本願発明における米飯類をほぐす工程に相当するのは、前述のとおり圧力ある低温ガスを噴霧してその噴出圧により予冷却した米飯類を冷却槽内に飛散させる工程(以下、「ほぐし相当工程」という。)であるが、引用例には、その記載の発明の実施例における当該工程として、米飯類を予冷装置2において予冷した後、米飯粒相互が分離し易い状態になつているが未だ分離していない米飯塊の状態でコンベヤーベルト1の移送終端部まで移送し、先端部に噴霧孔を有する冷気噴霧器3によつて、「液体窒素の一部を気化して圧力を高めた低温窒素ガスをコンベヤーベルト1の移送終端部より落下する米飯塊に噴霧しその噴出圧によつてこれを破壊し、バラバラな米飯粒にして冷却槽4内に飛散させる」(前掲明細書の項第4欄第15行ないし第5欄第4行)ものが開示されており、他に具体的な実施例の開示はない。

右認定事実によれば、引用例記載の発明における圧力ある低温ガスとして最も代表的なものは、「液体窒素の一部を気化して圧力を高めた低温窒素ガス」であり、液体窒素が零下195.8℃以下の低温(純粋な液体窒素の1気圧における沸点は零下195.8℃)であることは技術常識であるから、これを気化させることによる温度の上昇を考慮しても、ほぐし相当工程に乗つた米飯類に噴霧される低温ガスは、米飯類の予冷却温度である0℃ないし10℃よりかなり低温であることが明らかであり、また、引用例記載の発明においては、前述のとおり、ほぐし相当工程に連続して、飛散しつつ冷却槽内に落下する米飯類をその槽内において更に冷媒ガスにより冷却するのであるから、そこでの冷却率を増大させるためにも、ほぐし相当工程の低温ガスとしては0℃以下のものを使用することは当然のことということができる。したがつて、引用例記載の発明は、予冷装置2によつて予冷されコンベヤーベルト1の移送終端部より落下する米飯塊を、この米飯塊の温度よりもきわめて低温のガスの噴出圧によつて破壊し、バラバラな米飯粒にするものであることが明らかである。

また、ほぐし相当工程において使用される低温ガスの圧力は、米飯塊を破壊してバラバラな米飯粒にするのに必要な噴出圧を有する高圧でなければならないことは、引用例記載の発明の構成上自明のことであるというべきである。

前掲甲第4号証によれば、引用例には、明細書の発明の詳細な説明として、前記飛散しつつ冷却槽内に落下する米飯類を冷却する「冷媒としては液体窒素によらず他の低温液化ガスでも機械式冷凍による冷風を使用することも可能であり、更には、噴出ガス源としては、冷却槽内の蒸発ガスを圧縮して使用するようにしても、他の圧力ガスを使用してもよく任意である。」(前掲明細書の項第7欄10行ないし第14行)と記載されているが、この記載も、噴出ガスとして用いられるものは、米飯塊を破壊してバラ状米飯粒にするのに必要な噴出圧を有する高圧で、米飯塊の予冷却温度より低温のガスであることが必要不可缺であることを前提としたうえ、液体窒素の一部を気化して圧力を高めた低温窒素ガスに代わる置換手段を提示しているものと理解することができるから、この記載によつて前記認定が左右されるものではない。

そして、高圧低温のガスを物体に吹きつける場合は、該物体の温度が低下することは技術常識であるから、右認定の米飯塊を破壊してバラ状米飯粒にするのに必要な噴出圧を有する高圧で、米飯類の予冷却温度より低い温度を有する圧力ある低温ガスを米飯塊に吹きつける時は、吹きつけの対象となる米飯類の温度は当然低下することになり、飛散時の米飯類の温度、換言すれば米飯類をほぐす工程における米飯類の温度は予冷却時の温度である0℃ないし10℃に維持されるものとは到底解することができず、当然に予冷却温度より低下しているというべきである(なお、引用例記載の発明における予冷却時の米飯類の温度が特許請求の範囲に「40℃以下」と記載されていることから10℃ないし40℃のものを含むとしても、予冷却時の米飯類と飛散時の米飯類との間に温度差が生じることに変りはない。)。

したがつて、審決が、米飯類をほぐす工程において、本願発明が予冷却時と同じ温度であるのに対し、引用例記載の発明はその温度が不明であることを一応の相違点としながら、右相違点の判断に当たり、引用例記載の発明は、予冷却した米飯類を直ちに凍結器内に飛散させながら導入してほぐしているので、ほぐし工程での米飯類は予冷却時とほとんど同じ温度であると解され、実質的な差異はないと判断したのは誤りであり、審決は、誤つた右判断を前提として、本願発明は、その出願後に出願公開された引用例記載の発明の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとしたものであるから、審決の右判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、審決は、原告らの主張するその余の取消事由について判断するまでもなく、違法として取消されるべきである。

4  よつて、審決の違法を理由としてその取消を求める原告らの本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

<以下省略>

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